2011年8月アーカイブ

漱石の旧居跡

2011-08-28 信毎 漱石001.jpg

秋立つや一巻の書の読み残し 夏目漱石

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2011-08-27 週刊長野 哲将001.jpg2011-08-22 新潟日報 竹元.jpg

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雀来て障子に動く花の影 夏目漱石

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「長野漱石会」第4回オリエンテーション (9/19)

ーーーーー川野純子先生ーーーーー

どなたも、お気軽にご参加ください。!!

とき 9月19日(月)午前10時半からお昼まで

ところ 長野市トイーゴ 生涯学習センター3階・第一会議室

会費 無料(事前申込み制:090-3142-4820begin_of_the_skype_highlighting              090-3142-4820      end_of_the_skype_highlightingbegin_of_the_skype_highlighting              090-3142-4820      end_of_the_skype_highlightingまで

、、、、、すなわち、巨大な学問なのである。研究しがいがある、というものではないか。漱石学は、何も理屈ばって取り組む必要はない。楽しみながら勉強できる。そこが、普通の学問と異なる。、、、、出久根達郎 【解説「漱石学」の一成果】より

今から100年前の明治44年(1911年)の6月18日に、漱石は長野県庁「講堂」での講演に先立ち、善光寺を参拝、、、、。

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2011-08-14  サンケイ 魂柱001.jpg



 

軌道に乗り出した「長野漱石会」

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2011-08-20 週刊長野 漱石001.jpg2011-08-04 毎日  漱石001.jpg

炎天の地上花あり百日紅 高浜虚子

1912年(大正元年)8月末の漱石は??

みんなで築こうみんなの妙高  think Nature

2011-08-03 小熊写真館002.jpg

▲明治時代の「本陣高田屋」(赤倉温泉):小熊和助氏撮影

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1912年(大正元年)8月末の漱石は,信州・上林温泉から越後・赤倉温泉へ足を延ばした。その足跡を確証すべく、妙高市在住の友人らにご協力いただきながら、永井代表世話人と新潟県妙高市赤倉温泉や上越市内を、この暑い中【熱中症】にならない程度に動き回っている。

――漱石は良寛上人や長井雲坪を敬愛――

「長野漱石会」第2回オリエンテーシィョン(7/31)の講師の河内一郎先生にご教示いただいたことだが、「漱石は、良寛を敬愛し、晩年の漱石の筆跡は、良寛の字に似てきた」と言われるくらい漱石の書に傾注。良寛上人は、「妙好人」の心を持つ人物であるとも云われているが、幼い頃、絵本を読んだ記憶程度で、これまた良寛についても、漱石同様に、俄か勉強しなければならなくなってしまった。漱石は長井雲坪をも私淑していたらしい。良寛と同じ越後の生まれで、戸隠や善光寺周辺にも隠棲していて信州とも縁がある南画家だ。

別るゝや夢一筋の天の川 夏目漱石

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「長野漱石会」第3回オリエンテーション (8/21)

ーーーーー高木森二先生講演会ーーーーー

どなたも、お気軽にご参加ください。!!

とき 8月21日(日)午前10時半からお昼まで

ところ 長野市トイーゴ 生涯学習センター3階・第一会議室

会費 無料(事前申込み制:090-3142-4820begin_of_the_skype_highlighting              090-3142-4820      end_of_the_skype_highlightingbegin_of_the_skype_highlighting              090-3142-4820      end_of_the_skype_highlightingまで

高木森二先生は、高浜虚子の御令孫であり、第4回は、9月19日(月)=川野純子先生を講師にお迎えし、同じ時間帯(午前10時半から正午)で、会場は、いずれも長野市生涯学習センター(トイーゴ)3階で行ないます。奥様やお友達をお誘いのうえ、お気軽にご参加ください。

、、、、、すなわち、巨大な学問なのである。研究しがいがある、というものではないか。漱石学は、何も理屈ばって取り組む必要はない。楽しみながら勉強できる。そこが、普通の学問と異なる。、、、、出久根達郎 【解説「漱石学」の一成果】より

今から100年前の明治44年(1911年)の6月18日に、漱石は長野県庁「講堂」で、講演した、、、、、。

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漱石とヴァイオリン

 2011-07-16 週刊長野 001.jpg

ヴァイオリンをまったく弾けない私が約2ヵ年かけた[一般財団法人日本ヴァイオリン文化芸術振興財団]の設立登記が5月10付でやっと完了。そして夏目漱石がちょうど100年前に来長したエポックな日に合せた6月18日の「’’漱石に学ぶ’’牧村健一郎講演会」(長野漱石会第一回オリエンテーション)も無事終了.。乱読気味ながらも少しずつ漱石作品を読みだして、「漱石とヴァイオリンや音楽」の関係性について気づいたことがある。‘’天災は忘れた頃にやってくる‘の警句、‘’漱石十哲‘’の寺田寅彦は、生涯ヴァイオリンを弾き続けた「音楽をする人」であり、「ヴァイオリンを弾く物理学者」としても有名。漱石は寅彦に引っ張られてクラシック音楽の世界にのめり込み、漱石の長男純一氏はヴァイオリニスト(ヴィオラ)で、奥様もハープ奏者。ただ、漱石自身はヴァイオリンを弾けなかったようだ。友人の楽器店経営者H氏に教えていただいたことだが、‘’ヴァイオリン演奏は、左手首を動かすことで、右脳を限りなく刺激する‘’そうだ。一流の科学者とは芸術を理解し、ヴァイオリンを弾くことが条件かも。アインシュタイン博士はヴァイオリンを弾き、糸川英夫博士は演奏だけでなく、ヴァイオリン作りもされた。若い頃お世話になった渡辺宏元日立製作所副社長(世界的な電子顕微鏡の大御所)は、肩書きも風格も近寄り難かったが、ヴァイオリンを愛し、ドイツの取引先社長宅での余興・返礼として突如ヴァイオリンを弾き、ビジネスをも成功させたエピソードの持ち主だ。この際、永井先輩のヒントを得て、我が家に比べると冷房のよく効いた県立図書館に通いながら、更に漱石全集を調べだす作業に突入。このように「漱石とヴァイオリン(音楽)」の関りを探り出すことは、「文学と音楽」の融合化、さらには<文学や音楽文化が先導する地域づくり>へとつなげられるのではないかとも思う。

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